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2012年1月
ソシア公式blog開設!
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2009年12月@小田原カフェ ミントココア
ミャンマー子ども写真展を開催しました

神奈川県小田原市のカフェミントココアで12月の1ヶ月間ソシアの写真展を行いまいした。展示期間中にはミャンマーの
子ども達の写真をたくさんの方にご覧いただきました。カフェへ立ち寄ったお客さんはもちろん、中にはソシアメールマガジン読者で写真を見にわざわざ遠方から来てくださった方も何名かいらっしゃいました。
写真を見た方々の感想で多かったのは、「子ども達の瞳はこんなに輝いているんだね」というものでした。将来に夢を持って毎日一生懸命に暮らしている、そんなミャンマーの子ども達の様子を少し知っていただけたのではないかと思います。
お越しいただいたみなさんどうもありがとうございました。
ミャンマーサイクロン緊急支援
現地最新情報08.06.05
緊急支援活動の経過報告
ソシアでは5月7日から行っている現地での緊急支援に引き続き、5月19日に現地駐在ボランティアスタッフによる孤児院への支援を、5月24日にミャンマー人ボランティアによる被災者への物資配布をそれぞれ行いました。スタッフからのレポートをお届けします。
A.ソシア活動先孤児院への支援
現地駐在ボランティアスタッフが5月19日(月)に孤児院を訪問し、緊急の寄付を行いました。
≪被災状況≫
1) 建物
サイクロンの被害によって、壊れてしまった男の子達の宿舎と共に、調理場の修復が緊急に必要とされています。
現在は、男の子達の宿舎でかろうじて残った部分に新たに屋根を付け、簡易的に調理場所を作っている状況です。
2) 畑の野菜とお米
畑の作物はサイクロンによりほとんど倒れてしまいましたが、トマトは倒れた茎を元に戻し、がんばって育てています。
チンマンユエ(ミャンマー独特の酸っぱい菜)も無事で、夕食のおかずに使われていました。
また、お米の値段はサイクロン前の1.3倍ほどになっています。5月7日のソシアからの寄付で、孤児院ではまずお米を購入したとのことです。
3)畑の小屋
畑の小屋は、作業道具置き場、炎天下の畑仕事の休憩所、夜の見張りのための寝泊りに使われていました。
サイクロンのために倒壊し、夜の見張りができなくなったために、隣の牛が畑を荒らし、せっかく無事であった空芯菜、オクラが食べられ、また、残っていた資材を盗まれるなどの被害が発生しています。
畑の作物を守るために、緊急に小屋を造り直す必要があります。
≪支援内容≫
まず緊急に必要とされている部分への支援として下記の寄付を渡しました。
調理場所の修繕費用 :80,000チャット(約8千円)
食料購入費(1ヶ月分) :220,000チャット(約2万2千円)
畑の小屋の資材購入費:200,000チャット(約2万円)
合計:5万円
また、サイクロン被災の復興支援として2008年度に下記の支援を予定しています。
畑での収穫ができるまでの食料購入費(6〜9ヶ月分):15万〜20万円
男の子達の宿舎の再建費:15万〜20万円
***
孤児院を訪問した時、まず台風の時のことを聞くと、子ども達は「怖かったけれど、みんなで固まってお祈りをしていたので泣かなかった」と言っていたのが印象的でした。
大変な状況の中でも子ども達は元気で、先生達も前向きに一生懸命がんばっている様子が伝わってきます。
ソシアからの援助と応援は、とても先生達の力になっているそうです。先生と子ども達は「いつもソシアのみなさんのことを、健康でいられますようにとお祈りしています」とのことでした。

壊れてしまった畑の小屋

無事だった野菜の様子を確認

残った材木で男の子の宿舎を仮設

助け合って元気に暮らしています。ソシアのみなさんの健康をお祈りしています。
B.5月26日(日)に被災者へ支援物資を配布しました。
≪配布場所≫
イラワジ管区タマダゴ村
※ヤンゴン市内から3時間半、更に船で3時間の地域
≪配布した物≫
お米
ゆで卵
石鹸
服
≪被災地の状況≫
死者数 人口約2000人のうち約120人
家屋倒壊 360世帯のうち260世帯 ※村人の半数以上が住む所を失い、隣人宅やお寺に避難しています
家畜被害 牛や水牛など約1000頭
***
被災地の村では、村のお坊さんが村人と村の状況をしっかり把握しており、支援物資はお坊さんを通して村の方々へ配っていただきました。お坊さんが村人に呼びかけると、すぐに300人あまりが集まり、お坊さんが家族1つ1つを呼びあげ、ある家族は5人分のお米、ある家族は7人分と分けていきました。こうして、すべての世帯に家族人数分の食料と物資が行き渡りました。
村には支援物資がまだほとんど届いていない状況とのことで、支援物資の配布はとても喜ばれました。
お坊さんの話では「今はもちろん食べ物のことが一番心配ですが、これから暮らしていくうえで必要なことは、今回のサイクロンで壊れた防波堤を直すことです。それを直さないと、海水がまた入ってきて、農作業が出来ません」とのことでした。防波堤に関しては行政に修復をお願いしているそうです。

お坊さんから村の被災状況を伺う

お坊さんの呼びかけで、300名ほどの村人が集まる

支援物資を配布

被災地には看護婦さんも連れていき、村人を健康診断。
風邪、栄養不足などがみられた。必要な人には注射などを実施。
また新たな情報が入り次第、当ホームページでお知らせいたします。
引き続き、みなさまの温かいご協力をお待ちしております。
>> 支援のお願いについてはこちら
ミャンマーサイクロン緊急支援
現地最新情報08.05.21
緊急支援活動の経過報告
5月17日(土)に被災者へ支援物資を配布しました
≪配布場所≫
ヤンゴン管区内のカワ村
※ヤンゴン市内から南西に車で2〜3時間、更に船で約1時間の海に面した地域
≪配布した物≫
被災者の方々へ下記の物資を配布しました。
・米(ミャンマー人の年間米消費量は日本人の3倍。重要な主食です。)
・豆(こちらもミャンマー料理には欠かせない食材です。)
・塩
・ガピ(ミャンマーの食卓には欠かせない魚を使ったペーストのようなもの。)
・鍋(食材をもらっても、調理道具がなく料理できない人が大勢います。)
・毛布
・服
・靴
また、村の看護婦さんへ下記の薬を寄付しました。
・下痢時の水分補給剤(ポカリスエットのようなもの)
・下痢止め
・浄水剤(飲み水を確保するための消毒薬)
また新たな情報が入り次第、当ホームページでお知らせいたします。
引き続き、みなさまの温かいご協力をお待ちしております。
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ミャンマーサイクロン緊急支援
現地最新情報08.05.17
緊急支援活動の経過報告
ソシアでは現地駐在ボランティアスタッフによる孤児院への支援を5月7日より開始し、またミャンマー人ボランティアによる被災者への物資配布準備が進んでいます。
A.ソシア活動先孤児院への支援
下記3つに焦点を絞り、支援を行っています。
(1)子ども宿舎の修繕
孤児院では、女の子達の寝泊りしている建物と男の子達の寝泊りしている建物があります。このうちの男の子達の建物が今回のサイクロンにより壊れてしまいました。現在は男の子達も元女の子達の建物で一緒に寝泊りしていますが、全員が一緒に暮らすにはとても狭く、身を寄せ合って過ごしている状態です。
(2)畑の再開
これまで孤児院では、子ども達の食料の確保と、生活費や学費を得るのに苦労をしていました。この2つを解決するために、今年(2008年)からソシアの支援により畑での野菜栽培を始めていました。野菜は順調に育ち、ちょうどサイクロンの来る直前から収穫し始めてたところでした。そこにサイクロンが直撃したため畑の野菜はもちろん、先生と子ども達が一生懸命耕した畑も台無しになってしまいました。
(3)畑で収穫できるようになるまでの食費
畑では多数の野菜を育てており、そこで収穫した野菜は子ども達の毎日の食料となっていました。サイクロンによって野菜と畑がだめになってしまったため、畑が元の状態に戻るまで野菜を毎日市場で購入しなければならず、その食費は孤児院にとって大きな負担となっています。
(1)(2)については現在、孤児院の先生と現地駐在ボランティアスタッフが準備を進めています。一番緊急であった(3)については5月7日から食費の支援を開始し、畑が回復するまで継続して支援していきます。
B.被災者への物資配布
ミャンマー人ボランティアと連携し、被災者の方々が必要としている物資をミャンマー国内外で購入し、被災者の方々へ届けます。
現在下記の3点を購入し、ヤンゴンへ運びました。
(1)下痢時の水分補給剤(ポカリスエットのようなもの)
(2)下痢止め
(3)浄水剤(飲み水を確保するための消毒薬)
今週末から来週にかけ被災者の方々の元へ届けます。
また、その後も被災地の状況とミャンマーの情勢をみながら支援を続けていく予定です。
また新たな情報が入り次第、当ホームページでお知らせいたします。
引き続き、みなさまの温かいご協力をお待ちしております。
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ミャンマーサイクロン緊急支援
現地最新情報08.05.09
●支援先孤児院等の無事を確認
5月8日、支援先孤児院の先生と子どもたちの無事を確認できました。またソシアの活動を支えてくれている現地の関係者も無事とのことです。
●被害状況
しかし、孤児院の建物の一部や自立のためにと支援をはじめたばかりの畑が流されてしまったということがわかりました。孤児院では、かろうじて残った建物のなかで、なんとか暮らしています。
●ヤンゴン市内の状況について
今ヤンゴンでは、電柱がほとんど倒され、停電が続いているそうです。
そのため電気が来ず、ミャンマー全体のガソリン、ディーゼルの油が 倍近く値上がり。バス代も値上がりして、今まで100チャット(約10円)だったものが、500チャット(約50円)に、タクシーは2倍近くに値上がりするなどの状態になっています。
●今後の支援計画について
皆様のご協力により少しずつ募金が集まっています。ヤンゴンの孤児院復興を始めるとともに、ソシアのミャンマー人ボランティアが隣国タイで支援物資を調達し、ヤンゴンもしくは被害の大きいイラワジ管区などに輸送します。
また新たな情報が入り次第、当ホームページでお知らせいたします。
引き続き、みなさまの温かいご協力をお待ちしております。
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SOSIAアジア子ども夢基金レポート
ヤンゴン郊外の孤児院での活動報告
2006年度より活動を始めたヤンゴン郊外の孤児院。その孤児院と子ども達の生活、ソシアの活動内容について、現地事務局のボランティアスタッフ大河内からご報告致します。
笑顔いっぱいの子ども達
この孤児院はヤンゴン市内から車で45分くらいの町にあります。先生が2人と子ども達が26人。子ども達は、年齢は3歳から16歳です。チン族、カチン族、カイン族、ビルマ族、シャン族といろいろな民族、地域から集まってきています。
ひとりひとり事情が違いますが、2人のクリスチャンの先生はとても温かく子ども達を育てているので、子ども達も大きいお兄さんお姉さんは小さい子ども達を大切に面倒をよく見ています。
子ども達はとてもたくましく、そして、日頃から教会でみんなで歌を歌っていて、歌が生活の一部になってます。歌はとても素敵です。わたしは子ども達に会うたびにいつも元気をもらっています。
先生達が孤児院を始めようとしたきっかけは?
クリスチャンの先生ご夫婦は、毎月1、2回病気で入院している方へお祈りに行っていました。
その病院で、産まれて9ヶ月の男の子に会いました。その男の子が捨てられたことがわかり、先生ご夫婦は、そのような子ども達をなんとか大切に育てていきたい、と決意したのが2001年の孤児院の始まりでした。
孤児院の子ども達が、孤児院へ来た理由は?
ひとりひとり民族も異なれば、孤児院に来た理由も違います。ミャンマーは医療の遅れや医療機材の不足、貧困により病院に行けない、薬が買えないと言った理由から親が病気で亡くなるケースが多いです。下痢、肝炎、結核、マラリア
など、また出産中に出血でなくなられるケースもあります。また、父親がアルコール中毒で育てられないケース、車の事故や牛、水牛に殺された親のケースも聞きました。
孤児院のこどもたちの1日の生活は?
子ども達は学校の勉強に加えて、ご飯作りや掃除などをしながら毎日を過ごしています。
5時30分 起床
体操、お祈りの時間
女の子は、朝食つくり 男の子は、部屋のそうじと豚の世話
8時 朝食
8時30分 勉強と学校に行く準備
9時10分 登校
15時 学校から戻ってくる
自由時間 遊び
16時 掃除と水を浴びる
夕食の準備
17時30分 夕食
19時 勉強
翌日学校がお休みの週末はテレビが見られます♪
21時 就寝
ソシアの活動内容
ソシアでは2006年より交流と寄付(遊び道具など)を開始し、また2007年より支援活動を開始しました。今回は支援活動の内容についてご報告致します。
《支援活動の始まり》
2006年の10月、孤児院の先生からソシアへ「 これまでも運営が大変だったが、ミャンマーの諸事情(物価の上昇など)から寄付が少なくなってきた。」というお話がありました。生活が大変で、お米、お野菜等は後でお金を支払う方法で生活をまわしていると言われました。そして、できれば野菜やお米を作って、自分達自身でご飯を食べることができたらいいなという話がありました。畑で作りたい野菜は空芯菜、玉葱、オクラ、茄子、大根などです。
先生方はもともとチン州でお米をつくっていて経験があり、また平日は先生だけでの畑仕事になるが、週末は子ども達もお手伝いできるので一緒にやっていきたいという思いが伝わってきました。野菜
やお米を作ることで、まずは子ども達の為の食事が助かり、収穫した物が残った場合には売ることも可能で、その場合には学費などにあてることもできます。
↓
ソシアで検討した結果、自立した孤児院の運営をしていくうえでの取り組みとして、畑やお米を作るための土地の購入を支援することに決まりました。2007年は初めての試みなので、まずは1エーカー(100mx200m)の土地から始めることとし、土地の購入資金、小屋(畑の道具等を保管する為のもの)や井戸(畑に水を撒く為のもの)作成費用、種代等を寄付しました。
↓
その後畑の予定地の地主さんから土地代を安くしていただけるとのお話があり、1エーカーの予定だった土地を3エーカー購入することになりました。
《畑の進行状況》
2008年2月現在、畑は小屋が出来上がり、井戸も完成しました。畑を耕して、これからまず空芯菜と白菜の種を蒔くそうです。子ども達は、孤児院から畑仕事のお手伝いに行く時は、大喜びだそうです。周りには何もなく、涼しい風が吹くと最高に気持ちがいいようです。先生が子ども達に1つ1つ仕事を教えると、子ども達はどんどん自分で覚えていきます。これから子ども達が自立していく上でも、とてもよい経験になっていると先生方も喜んでいます。
《支援活動の今後》
まずは現在取り組んでいる3エーカーの畑での野菜作りの様子を見ながら、順調に進んだ場合には畑を拡げていくと共にお米作りにも取り組んで行きたいと計画しています。
今後は、畑のより詳しい様子とその後の進行状況をお伝えいたしますのでお楽しみに!(2008.03.31)
2006年3月21日(火・祝) SOSIAサロン
ミャンマーカレー教室を実施しました

武蔵野市境南コミュニティーセンターにて(撮影:山本シゲキ)
「ミャンマーの料理って美味しいの?」とよく聞かれます。味 は言葉で説明できません。ならばつくってしまおう!ということで、料理教室を実施しました。つくったカレーを食べながらの交流はとても楽しかったです。
◆メニュー
・とり肉のカレー(チャッター・ヒン)
・ファルーダ(デザート)
カレーは たまねぎとじゃがいもを炒め、とり肉を入れ、香辛料で味付けしました。
デザートはココナッツミルクとプリンとゼリーとアイスを混ぜた甘ーいおやつ。
両方とも、 見た目とは違ってすごく美味しい!との声があがりました。
SOSIA会員さん、ボランティアさん、近くの大学生、ミャンマーつながりの団体メンバーさんなど10名の方が参加してくださいました。年齢や職業がバラバラな人が集まり、異業種・異世代交流にもなり、とても有意義な時間を過ごせました。
      
SOSIAアジア子ども夢基金レポート
クドー村からの便り
2004年7月に設立3年目を迎えたソシア。その主たる活動のひとつに「SOSIAアジア子ども夢基金」があります。文房具や教材などの支援を通じ、子ども達の教育環境の改善をはかるための基金です。数箇所の地域や施設を訪問・調査した結果、2003年度は以下の施設に基金を利用した支援を行いました。まずは、いち早く支援を開始したクドー村の様子についてご紹介したいと思います。
2003年度支援実績
| 地域 |
支援先 |
内容 |
支援金額 |
マンダレー管区
(Mandalay) |
クドー(KUDO)村の小・中学校 |
教員2名の給与を1年分支援。総生徒数119名から177名に増加。 |
28,000円 |
ヤンゴン管区
(Yangon) |
テピュ(Thae Phyu)小学校 |
地球儀や絵本、文房具などの教材を寄付。その他、設備修繕費として右記の金額を寄付。 |
11,000円 |
ヤンゴン管区
(Yangon) |
ヤンゴン女性発展協会(孤児院)(YWDA) |
教育費の一部を支援。 |
10,340円 |
クドー村ってどこにある?
クドー村について説明する前に、まずミャンマー全体の様子を少しお伝えします。
右の地図をご覧になってお分かりのとおり、ミャンマーは東南アジアに位置し、中国やインドなど5つの国と隣接している国です。日本の約1.8倍の国土に135以上の民族からなる約5,100万人の人々が暮らしています。
縦長の国土は様々な気候に分かれますが、クドー村はミャンマーでも特に貧しいと言われる中部乾燥地帯(準砂漠地帯)マンダレー管区メティラ(Meiktila)市から8マイル(約13キロ)、道のり20マイル(約32キロ)のところにあります。村の人たちが利用する牛車なら3時間ほど。自転車や徒歩で移動する人たちもいます。乾季には深刻な水不足に悩まされる一方、雨季には地面がぬかるむため、車輪や足がとられてもっと時間がかかるそうです。
クドー村ってどんな村?
2002年5月に行った調査結果をもとにお伝えします。この村では、118世帯、657人の人たちが暮らしを営んでいます。その中の約250人が15歳以下です。村内には井戸が4つ(うち飲料用は1つ)、ため池が3つ、寺院が所有する自家発電機が1台あります。
村の人たちの生計は米・ゴマ・豆、家畜の販売によって成り立っています。とはいえ、すべてを販売しているわけではありません。乾燥地域であるため、収量は少なく、米やゴマは主に自分たちが消費するためにつくり、余った分は販売するという形をとっています。豆や唐辛子は収入源として生産されています。農作業のあいた時間には綿を紡いで糸をつくり、その販売によって追加収入を得るという人もいます。家畜は牛やヤギ、豚、うずら、鶏を飼育しています。
こうした生計の立て方は土地を持っていることが前提となっています。村内には自分の土地を持たない家庭もあります。そんな人たちはどうしているかというと、土地のある農民の家で働いたり、近くの町や遠くの観光地へ出稼ぎに行ったりしています。村の人口の7%程度が該当するとのことです。
それぞれに苦労して得た収入は生活費、学費、冠婚葬祭や得度式(仏教の男子成人行事)の費用、寄付として使われています。
クドー村の教育の現状は?
クドー村には「マンダレー157小学校」という小学校があります。この学校には幼稚園児から中学2年生まで総勢177人の子どもたちが通い、8名の教職員が学校を支えています。(2004年2月現在。中学生の数には他の村から通っている子どもたちの人数も含む。)
この学校、もともとは中学校の機能はありませんでした。小学校を卒業した子どもたちは近隣の村にある中学校まで数時間の道のりを通っていました。しかし、暑くて雨も少なく、水道も電気もないこの村では水汲みが生活に欠かせない大切な仕事。そんな仕事を任されたり、家畜の世話を任されたりする子ども達にとってはあまりに遠すぎました。家計を助けるために学校に通うことを諦めていたのです。

それを憂えたのは村人たちでした。村の人たちは「将来の夢は?」と聞かれて「先生」か「お医者さん」という答えしか返せないような狭い世界で生きている子どもたちの可能性を広げたい、もっと外の世界を知って、好きな仕事を選べるようになってほしいという想いを抱いていました。そして2002年、村人たちは力を合わせて中学1年を教える教員の費用を捻出し、クドー村と近隣の村から先生を雇い、小学校の一部を使って中学1年生の授業が受けられるようにしたのです。
それ以上の学年も設置したい。そんな気持ちはあっても中学1年を設置しただけで各家庭の経済状況は精一杯。そこでソシアは2003年度よりアジア子ども夢基金を使って中学2年生を開設できるよう教員2名分の給与支援をはじめました。
中学2年まで開設したことにより、クドー村の子どもたちだけでなく近隣の村の子どもたちもクドー村の中学校に通ってくるようになりました。学年の増設あるいは中学校の公立化といったことも含めて、今後の支援のあり方を村の方々そして会員のみなさんと共に検討していきたいと考えています。

▲乾燥地域にあるクドウ村では、水汲みは女性と子どもの大切な仕事です。
マンダレー157小学校
支援を続けているマンダレー157小学校。学生たちの多くは登校前や下校後に水汲みや家畜の世話、家事といった家の仕事をこなしながら学校に通っています。兄弟の面倒を任されている子どもは小さな弟や妹を連れ、面倒を見ながら授業を受けています。教科書が購入できない子どもはお下がりを利用して勉強しています。真っ黒になるほどびっしりと細かい文字で書き込んだノート、ぎりぎりまで使い込んだ短い鉛筆、ぼろぼろになった教科書・・・貴重な文房具を大切に大切に使っています。
そんな学校へお手伝いとして来ていたある女性は、子どもたちの姿を見て教員になりたいという思いを募らせ、教員試験に見事合格し、先生となって戻ってきました。また別の先生は隣村より自転車で15分、徒歩だと約30分の道のりを毎日子どもたちと一緒に通っています。お給料の少なさを「大変」と言いながらも一生懸命勉強する子どもたちと一緒にいるのが好きで教員を続けている―そんな先生もいます。
生徒数の変化 計58名増加!!
| 2003年度 |
|
|
|
|
2002年度 |
|
|
| 学年 |
男の子 |
女の子 |
計 |
男の子 |
女の子 |
計 |
| KinderGarten(幼稚園) |
9 |
12 |
21 |
7 |
6 |
13 |
| 1年生 |
7 |
6 |
13 |
10 |
10 |
20 |
| 2年生 |
11 |
9 |
20 |
14 |
8 |
22 |
| 3年生 |
15 |
8 |
23 |
13 |
4 |
17 |
| 4年生 |
13 |
3 |
16 |
13 |
10 |
23 |
| 5年生(中学1年生)* |
38 |
19 |
57 |
13 |
11 |
24 |
| 6年生(中学2年生)* |
18 |
9 |
27 |
― |
― |
― |
| 計 |
111 |
66 |
177 |
70 |
49 |
119 |
クドー村以外の村(Kanni、In、Mounto、Lwanginの4つの村)から通う生徒も含む。クドー村以外からの生徒数は合計41名。7年生(中学3年生)以上はクドー村から2.5マイルほど離れたTepinkoun村にある中学校へ45分〜1時間かけて通っています。
子ども達からの手紙
中学校へ通えるようになった子ども達がお礼の手紙をくれました。感謝の気持ちはもちろんですが、村内に中学校があることの意味も伝わってきます…。
〜アウン・ナイン・ウー君(6年生)より〜
マンダレー157小学校の中学校の部が開設され、とても嬉しいです。そのおかげで(学校へ行くために)川などを渡らずに済み、危険を避けられるようになりました。学校が近いので通学が楽になりました。学校が開設され、喜びがとまりません。先生たちは親切で教え方が上手です。自分の村の学校に通えるようになったので、嬉しくて涙が出ました。学校を開設するためにお金がたくさんかかるので、日本の方たちも寄付してくれました。日本の方たちは学生たちにノート2冊、ボールペン1本、ボールペンの替え芯3本を配りました。すごく嬉しかったです。中学校を開設してくれた先生たちや村の人たちに感謝しています。自分たちの村の自分たちの学校なので、かばん一つで通うことができます。他の村の学校だと、サンダルや新しいかばん、新しい制服を身につけビシッとして行かなければなりません。村長さん、ボムー・チョウ・ウィンさん(クドー村出身で唯一の官僚。村の教育環境の改善のため、寄付活動を続けている。アジア子ども夢基金パートナー。)、校長先生、村の年配の方々、そして日本のみなさん、ありがとうございます。僕たちはとても運が良いです。お金の面で僕たちをサポートしてくれたチョウ・ウィンさんのご両親にも感謝しています。日本の団体のスタッフの方々にも感謝しています。去年、学校に来て飴を配ってくれたマキ(ミャンマーにいるソシアのスタッフ)や通訳さん(先述の日本語ガイド)もありがとうございます。
〜トゥン・アウン・チョ君(6年生)より〜
中学校が開設されたので、学校が近くなったし、川を渡るなどの危険なこともなく学校へ通えるようになって喜んでいます。現在、クドー村には中学(中学2年=6年生)までありますが、高等学校はまだありません。今はまだちゃんとした学校(大学)を卒業した人は7人くらいしかいませんが、高校もできたら村には優秀な人が多くなると思います。そのためにはお金がかかります。日本の方々へお願いしたいです。できればどうか開設してください。学校に行けるのはとても嬉しいです。高等学校ができたら、チョウ・ウィンさんのような人が増えると思います。日本の団体のみなさんへ、本当にありがとうございます。先生たちが親切に教えてくれるので、僕たちはとても勉強ができる優秀な生徒です。
出前授業2005年2月15日(火)飯能第二小学校(埼玉県)
ミャンマーの暮らしを紹介。
埼玉県在住のボランティアさんの紹介で、飯能第二小学校3年生〜6年生の総合学習「ミャンマーの子ども達と交流しよう」に参加しました。
同校では今後3〜4年に渡ってミャンマーと交流を続けたいとのことで、今回を良いスタートにしたいと出迎えてくださいました。
授業後、子ども達が創作してくれた日本の暮らしを紹介した写真冊子をスタディーツアー’05春メンバーがミャンマーの小学校へ届けました。
【参加者】SOSIAボランティア:内山綾子(八王子市)、渋谷とまと(高萩市)、添川朝香(平塚市)、丸山礼子(三鷹市) 駿河大留学生:タン・ソウ・アウンさん、ティン・タジンさん
はるばる飯能市(埼玉県)まで行ってきました。午後だけのつもりが、午前に3、4年生、午後からは5、6年生。給食も一緒にと一日がかり。学校あげての受け入れでした。
今回は男女2人のミャンマー人留学生が参加してくれ迫力が出ました。が、子ども相手に大人ばかりなのは少し残念でした。
音楽室に集まった子ども達は真剣なまなざし。地図で場所当て、言語は何語?のクイズ。大人ならとりあえず国名を言うところですが、子供たちは英語、中国語、イタリア語、フランス語と、知っている限りをいうのが可愛かった。
その後のロンジー体験では、恥ずかしがっていた子も、可愛く変身した友を見て、ほとんど全員が着たようでした。簡単な言葉や写真でしかミャンマーを紹介出来ませんでしたが、子供たちの心にどれだけ届いたのでしょうか?
日本語の上手なミャンマー人とも交流し、貴重な体験となったのではないでしょうか。次回はもっと多くのボランティアが参加出来るといいと思います。
文章 SOSIA登録ボランティア 丸山礼子
ミャンマークイズ♪
Qミャンマーは寒い国?暑い国?
答え・・・どちらでもある。雨季と乾季の2季節。ヒマラヤ山脈の寒い地域、暑く乾燥した内陸地域、海沿いの蒸し暑い地域とがある。
Qミャンマーは何語?
答え・・・ミャンマー語ほか135以上の言語がある
Q何種類の民族と言葉がある?
答え・・・135種類以上
Q日本と共通の食べ物は何?
答え・・・湯葉、(揚げ)納豆、豆腐、お米
←世界地図からミャンマーの場所を探すクイズに「ここだ!」と勢いよく答える子ども。
写真で話そう♪
ミャンマーで撮影してきた写真を見ながら、
子ども達が気付いたことを自由に話し合いました。
ひとしきり話した後、ミャンマーを走っている車のうち9割以上が日本の中古車であること、日本語が大人気であること、道ばたに置いてある壺は旅人が自由にのどを潤せるよう近所の人がきれいな水を貯めてあること、を説明しました。
ビデオを見よう♪
ミャンマーの子ども達の姿に興味津々。
喫茶店のお兄さんが紅茶を煎れる技に視線は釘付け。

ロンジー(腰巻き)をはいて、タナカ(日焼け止め)を塗ろう♪

むさしの国際交流まつり2003
2003年11月15日(土)武蔵野市境にて"むさしの国際交流まつり"に参加しました。
■身近な国際交流に
武蔵野市国際交流協会が主催する"むさしの国際交流まつり"は、国際的な交流や支援などの活動を行う団体が集まって、店を出したり演劇や楽器演奏を披露したりしながら様々な国の文化を紹介するイベントです。今回は40団体以上が参加し、会場となったスウィングビルには、興味を持った人々が大勢訪れ、大変にぎやかでした。
誰でも気軽に参加できる催しが多く、とても身近で親しみやすい国際交流の場となったようです。
■ソシアも参加しました!
ミャンマーのことを、少しでも多くの人に知ってもらうため、ソシアも工夫を凝らした屋台や体験コーナーを作って参加しました。子供から大人まで楽しめると大好評だったソシアのコーナー。
ソシアのスタッフやお手伝いしてくれた人たちが、このイベントをどんな風に盛り上げたか、お客さんはどんな風に反応してくれたか、早速レポートしてみましょう。
▲民芸品の売り子をするメンバー(ゆき)
ミャンマーとソシアのこと たくさん知ってもらいました!
ミャンマー体験コーナー@ミャンマーの楽器で遊ぼう♪
子供たちに大人気だったコーナー。
ミャンマーの楽器を展示して、実際に触って音を出してもらいました。
▲竹製のワーパタラ(打楽器)で遊ぶソシアメンバー(うちやま)と参加した子ども
ミャンマー体験コーナーAミャンマーの日常を写真で見よう
スタディツアーで撮影したミャンマーの子供たちの笑顔や人々の生活をパネルで展示しました。
また、ソシアの活動報告も兼ねて、簡単な資料を置いたり、興味を持ってくれた人にはメンバーが写真の説明をしたり、遠い国の暮らしでも身近に感じてもらえるよういろいろな工夫をしました。手にとって熱心に活動報告を読んでくださる方も大勢いました。
ミャンマー体験コーナーBミャンマー語を楽しく話そう

講師のミョさんによる「ミャンマー語講座」のコーナーも大好評!
ミャンマー体験コーナーCファッション・ショー!?

「ロンジー」を穿いたり「タナカ」を塗ったりミャンマー流のおしゃれが体験できる
試着コーナーも、とても人気がありました。
※"ロンジー"はミャンマーの人々が愛用する腰巻き。
"タナカ"は木を摩り下ろして作った日焼け止め。

←タナカ(ミカン科の木)とすり皿。
日焼け止めと美肌の効果があるといわれる。
▲ロンジーをまとったソシアメンバー(たかこ&みずほ)
■当日ソシアのコーナーに携わった人々
事務局スタッフの他、たくさんの人々の協力を得て、イベントは大成功をおさめました。協力してくださった皆さん、ご来場くださった方々、本当にありがとうございました。
■当日スタッフ一覧
名前 当日の役割(SOSIAでの立場)
・阿部真弓 全体統括(事務局)
・内山綾子 紹介コーナー統括(事務局)
・金子瑞穂 民芸品販売(当日参加)
・木村美紀 民芸品販売統括(当日参加)
・木村裕紀 民芸品販売(当日参加)
・後藤恵香 コーヒーコーナー(広報メンバー)
・新川昇子 紹介コーナー(当日参加・写真撮影)
・中村ゆみ ミャンマー語講座(広報メンバー)
・仁平貴子 民芸品販売(役員)
・藤田久登 紹介コーナー(広報メンバー)
・三嶋あずさ 紹介コーナー(当日参加)
・吉田奈加 コーヒーコーナー(当日参加)
・ミョ ハン ミャンマー語講座(当日参加)
■その他、屋外の広場でミャンマーのアクセサリや雑貨を売る屋台を出店しました。売上金は、ミャンマー支援活動に使わせていただきます。ありがとうございました。
ACTION続けてますか?セミナー
2004年10月26日(日)武蔵野市国際交流協会とNGO "ACTION"(※)の主催する「ACTION続けてますか?セミナー」に、内山代表がゲストスピーカーとして参加しました。
やってみよう!私たちにできること
今回で第3回を迎えるこのセミナーには、日曜日にも関わらず30人近くも参加者が集まりました。
ゲストとして招かれた内山綾子代表は、学生時代に感じたことや、ソシア発足のきっかけについて参加者の前で話しました。また、夢があっても生まれ育った環境や経済事情のせいで諦めざるを得ない人々が世界には大勢いること、今、日本人である私たちは夢を持ち、精一杯努力することができる環境に恵まれていることを話し、国際協力という分野に限らず、自分にできることは何かを考えよう、実行しよう、と呼びかけました。共感する人、感銘を受けた人も多かったようです。
国を豊かにするものとは?
後半は、ディベートを行いました。政府開発援助(ODA)供与を進める日本政府の立場と、ODAに反対する人権擁護NGOの立場に分かれて、ACTIONスタッフと内山代表が用意した資料をもとに互いに意見をぶつけ合いました。お互いの資料の内容を知らない状態でディベートを行うことで、情報が片寄ることの危険性にも気付いてもらうしかけをしました。
ミャンマーが軍事政権であることから、他の国に比べて思うようにODAを出せない日本政府。しかし、首都でも電力が足りないミャンマーにとって、ODAによる電力発電所の修復は一般の人々の暮らしや命に直結する課題であることがわかりました。一方で、貧困に苦しむ人々を豊かにするためのODAが、地元の人々の強制移住や強制労働といった人権問題を引き起こしている可能性があるという、深刻な問題も浮き彫りになりました。
どちらが正しいのか・・。新聞やTVでは、ODAの悪い面が扱われることが多いのですが、ここでは両者の良い面悪い面を考えることができました。報道から得られる情報が必ずしも全てではない、自分なりの判断材料を持つ重要性を改めて実感することができました。
セミナー後のアンケートより(匿名で抜粋)
内山代表の講演について
・行動力に刺激を受けた。今後も多くのことにアンテナを張っていきたい。
・自分でも何か出来るんじゃないか、頑張ろうという気持ちになれた。
ODAに関するディベートについて
・自分たちの払った税金がどう使われるかという身近な問題で興味深い。もっと調べてみたい。
・一面的なものの見方ではダメだと思った
・ミャンマーという国については「スーチーさんに対する監禁・軟禁」しか知らなかったが、
アジアの国々はすべて同じような雰囲気だという固定観念が覆され、とても勉強になった。
※ACTIONは主にフィリピンで孤児院や教育施設の設立支援などを行っているNGOです。ACTION代表も亜細亜大学卒業生であり同じ武蔵野市内に拠点を置いているという縁もあり、普段からSOSIAと交流がある団体です。内山代表は1999年8月に行われたACTIONフィリピンワークキャンプに参加しました。
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